Bamba news

NSGA-II(非支配ソートGA)とは?わかりやすく解説

NSGA-II(非支配ソートGA)について、その仕組み、処理の流れ、良いところ・悪いところを初心者にも分かりやすく解説します。多目的最適化の基本を理解したい方におすすめです。


NSGA-II(非支配ソートGA)とは何か

NSGA-II(エヌエスジーエーツー)は、「Non-dominated Sorting Genetic Algorithm II」の略で、日本語では「非支配ソート遺伝的アルゴリズムII」と訳されます。これは、たくさんの解決策候補の中から、いくつかの異なる目標を同時に、できるだけ良い状態にするための方法を見つけ出すための一つの手段です。特に、複数の目標が互いに相反する場合(例えば、価格を安くしたいけど、品質は高くしたい、など)に力を発揮します。

例えるなら、最高の旅行プランを立てるようなものです。「費用は安く、日数は短く、でも観光スポットはたくさん巡りたい」といった、あちらを立てればこちらが立たないような状況で、バランスの取れた様々な選択肢を提示してくれるのがNSGA-IIのイメージです。

このNSGA-IIは、「遺伝的アルゴリズム(GA)」という、生物の進化の仕組みを真似た計算方法を応用しています。たくさんの「候補(個体)」を用意し、それらを「交配」させたり「突然変異」させたりしながら、より良い「候補」の「集団」へと進化させていく、という考え方に基づいています。

NSGA-IIの大きな特徴は、 「非支配ソート」「混雑度」 という2つの仕組みを使って、多様で優れた解を見つけ出す点にあります。

  • 非支配ソート: 他のどの解と比べても、全ての目標において劣っていない解を「優秀な解(非支配解)」としてランク付けしていきます。これにより、特定の目標だけが突出して良いのではなく、全体的にバランスの取れた解を見つけやすくなります。
  • 混雑度: 似たような解が密集している場所よりも、まだあまり解が見つかっていない場所にある解を優先的に残す仕組みです。これにより、多様な選択肢(パレート最適解と呼ばれる、これ以上どれかの目標を改善しようとすると他の目標が悪化してしまうような解の集まり)を幅広く見つけ出すことができます。

NSGA-IIの処理の流れ

NSGA-IIがどのようにして良い解決策を見つけ出すのか、その手順をステップごとに見ていきましょう。複雑に聞こえるかもしれませんが、一つ一つのステップは比較的シンプルです。

  1. 最初の集団を作る(初期集団の生成): まず、問題に対する様々な「解決策の候補(個体)」を、ある程度の数だけランダムに作り出します。これが最初の「世代」の集団となります。各個体は、問題の答えを表す情報を持っています。例えば、旅行プランであれば、日程、予算、訪問場所などの情報です。

  2. 「どっちが良い?」を評価する(非支配ソートとランク付け): 作り出した集団の中の個体たちを、複数の目標に対して評価します。そして、「非支配ソート」という方法で、個体をランク付けします。

    • ランク1: 他のどの個体と比べても、全ての目標において劣っていない(少なくとも1つの目標では優れている)個体たちです。これらが最も優秀なグループとなります。
    • ランク2: ランク1の個体を除いた中で、同様に他のどの個体と比べても劣っていない個体たちです。
    • このようにして、全ての個体にランクが付けられます。
  3. 「バラエティは豊か?」を評価する(混雑度の計算): 同じランクの個体の中で、似たような個体が集まりすぎないように、「混雑度」という指標を計算します。これは、ある個体の周りに、どれくらい他の個体が密集しているかを示すものです。混雑度が低い(周りがスカスカな)個体ほど、多様性を保つために価値が高いと見なされます。

  4. 次の世代の親を選ぶ(選択): ランクが上位の個体や、同じランクでも混雑度が低い個体が、次の世代の「親」として選ばれやすくなります。これは、優秀な遺伝子(良い解決策の情報)を残しつつ、多様性も失わないようにするためです。トーナメント方式(いくつかの個体を選び出し、その中で最も良い個体を選ぶ)などがよく使われます。

  5. 新しい世代を作る(遺伝的操作:交叉と突然変異): 選ばれた親個体たちを使って、新しい「子個体」を作り出します。

    • 交叉: 2つの親個体の情報の一部を組み合わせて、新しい子個体を作ります。これにより、両親の良いところを受け継いだ優秀な子が生まれる可能性があります。
    • 突然変異: 子個体の情報の一部を、ランダムに少しだけ変化させます。これにより、今までの集団にはなかった新しい特徴を持つ個体が生まれ、探索の範囲を広げることができます。
  6. 最強チームで次の世代へ(エリート戦略による次世代選択): 現在の親の集団と、新しく作られた子の集団を一つにまとめます。そして、この大きな集団に対して、再びステップ2の「非支配ソート」とステップ3の「混雑度計算」を行います。そして、その中から優秀で多様性のある個体を、次の世代の集団として選びます。このとき、必ず前の世代で最も良かった個体たちが選ばれるようにする「エリート戦略」が用いられるため、良い解が失われにくいという特徴があります。

  7. 繰り返し: ステップ2からステップ6までを、あらかじめ決められた回数(世代数)繰り返すか、または満足のいく解決策が見つかるまで繰り返します。世代を重ねるごとに、集団はより良い解決策の候補へと進化していくことが期待されます。

最終的に、NSGA-IIは単一の「最高の解」を提示するのではなく、複数の目標に対してバランスの取れた「パレート最適解」と呼ばれる解の集合を提示します。これにより、利用者はその中から自分の好みや状況に合わせて最適な解を選択することができます。


NSGA-IIの良いところ

NSGA-IIが多くの分野で利用されているのには、いくつかの優れた点があるからです。

  1. 複数の目標を同時に扱える: これがNSGA-IIの最大の強みです。現実の問題では、一つの目標だけを追求すれば良いということは少なく、複数の目標(例えば、コスト、性能、安全性など)を同時に考慮する必要があります。NSGA-IIは、これらの複数の目標をバランス良く最適化するための様々な候補解を見つけ出すことができます。それぞれの目標に対して「どれくらい重視するか」といった重み付けを事前に細かく設定する必要がないのも利点です。

  2. 多様な選択肢(パレート最適解)を見つけやすい: 「非支配ソート」と「混雑度」という仕組みにより、単に良い解を見つけるだけでなく、性質の異なる様々な良い解(パレート最適解)を幅広く探索することができます。これにより、最終的な意思決定者は、提示された複数の選択肢の中から、状況や優先順位に応じて最適なものを選ぶことができます。例えば、「コストは少し高くても性能重視の案」や「性能はそこそこでもコストを抑えた案」など、多様なニーズに応える選択肢が得られます。

  3. 優れた解が失われにくい(エリート戦略): NSGA-IIでは、各世代で得られた優秀な解を確実に次の世代に引き継ぐ「エリート戦略」が取り入れられています。これにより、探索の過程で一度見つけた良い解が、偶然の操作(突然変異など)によって失われてしまうリスクを減らし、効率的に最適解に近づいていくことができます。

  4. 計算効率が比較的良い: NSGA-IIは、その元となったNSGAというアルゴリズムのいくつかの問題点を改善し、特に非支配ソートの計算効率が向上しています。そのため、複雑な問題に対しても、比較的現実的な時間で良好な解群を得られる可能性が高まっています。もちろん、問題の規模や複雑さには依存しますが、多目的最適化アルゴリズムの中では優れた性能を持つとされています。

  5. 特別なパラメータ設定が少ない: 一部の最適化手法では、アルゴリズムの性能を最大限に引き出すために多くのパラメータを試行錯誤しながら調整する必要があります。NSGA-IIは、混雑度計算などでパラメータフリーな手法を取り入れているため、利用者が設定しなければならない重要なパラメータが比較的少ないという利点があります。これにより、専門家でなくても比較的扱いやすいアルゴリズムと言えるでしょう。

これらの良い点により、NSGA-IIは工学設計、金融ポートフォリオ最適化、スケジューリング問題、機械学習のハイパーパラメータ調整など、非常に幅広い分野で応用されています。


NSGA-IIの悪いところ

多くの利点を持つNSGA-IIですが、万能というわけではなく、いくつかの限界や考慮すべき点も存在します。

  1. パラメータ設定の難しさ: 「良いところ」で特別なパラメータ設定が少ないと述べましたが、それでも遺伝的アルゴリズムに共通するいくつかの基本的なパラメータ(集団サイズ、交叉の確率、突然変異の確率など)は設定する必要があります。これらのパラメータの値をどのように設定するかによって、探索の効率や得られる解の質が変わってくることがあります。問題の性質に合わせてこれらのパラメータを調整するには、ある程度の経験や試行錯誤が必要になる場合があります。

  2. 目的関数の数が増えると計算コストが増大する傾向: NSGA-IIは2つや3つの目的関数を持つ問題に対しては非常に効果的ですが、目的関数の数が非常に多くなる(例えば10以上など、「多数目的最適化」と呼ばれる領域)と、いくつかの課題が生じることがあります。

    • パレート最適解の数が爆発的に増加する: 目的の数が増えると、互いに非支配な解の数が非常に多くなり、その全てを効率的に探索・維持するのが難しくなります。
    • 選択圧の低下: 多くの解が非支配となってしまうと、解の間で優劣がつきにくくなり、より良い方向へ進化させる力が弱まることがあります。
    • 可視化と意思決定の困難さ: 得られた多数のパレート最適解を人間が理解し、その中から一つを選ぶことが難しくなります。
  3. 必ずしも「唯一の最適解」が得られるわけではない: NSGA-IIは、複数の目標に対してトレードオフの関係にある様々な「良い選択肢(パレート最適解の集合)」を提示します。これは利点であると同時に、利用者にとっては「結局どれを選べば良いのか?」という新たな問いを生むことにもなります。最終的な解を選択するためには、問題領域に関する知識や、意思決定者の判断が必要になります。

  4. 局所最適解に陥る可能性: 遺伝的アルゴリズム全般に言えることですが、探索がある特定の領域に集中しすぎてしまい、もっと良い解が存在する他の領域を見逃してしまう「局所最適解」に陥る可能性がゼロではありません。混雑度などの仕組みである程度は多様性を維持しようとしますが、問題の形状によっては十分でない場合もあります。

  5. 計算時間がかかる場合がある: 比較的計算効率が良いとはいえ、特に個体数が多い場合、世代数が多い場合、あるいは個々の個体の評価(目的関数の計算)に時間がかかるような複雑な問題の場合には、最適化計算に長時間を要することがあります。

これらの点を理解した上で、NSGA-IIを適用する問題の特性や制約条件を考慮し、他の手法との比較検討も行いながら利用することが重要です。


まとめ

NSGA-II(非支配ソート遺伝的アルゴリズムII)は、複数の互いに影響し合う目標を同時にできるだけ良くしたい、という複雑な問題に取り組むための強力な手法の一つです。

生物の進化の仕組みをヒントにした「遺伝的アルゴリズム」をベースに、 「非支配ソート」 によって様々な目標に対してバランスの取れた解を評価し、 「混雑度」 によって多様な選択肢を確保するという特徴を持っています。

NSGA-IIを使うことで、私たちは一つの「完璧な答え」ではなく、状況に応じて選ぶことができる**質の高い複数の解決策候補(パレート最適解群)**を得ることができます。これにより、例えば「コストを抑えつつ品質も維持したい製品設計」や「リスクを低減しつつリターンを最大化したい投資計画」など、現実世界の多くの場面でより良い意思決定を下す手助けとなります。

良い点としては、複数の目標を扱える柔軟性、多様な解の発見能力、優れた解の保存性などが挙げられます。一方で、パラメータ設定の調整が必要な場合があることや、目的の数が極端に増えると効率が落ちる可能性、そして最終的な解の選択は人間に委ねられる点などを理解しておく必要があります。

NSGA-IIは、難しい数式や専門知識がなくても、その基本的な考え方と流れを理解すれば、様々な問題解決に応用できる可能性を秘めています。この入門編が、NSGA-IIという興味深いアプローチへの第一歩となれば幸いです。


ゲームで学ぶ探索アルゴリズム実践入門~木探索とメタヒューリスティクス

探索技術とそれを支えるアルゴリズムにフォーカスを当て、ゲームAIを題材にその重要性と魅力を楽しく学ぶための入門書です。

▶ Amazonで見る

お仕事のご依頼・ご相談はこちら

フロントエンドからバックエンドまで、アプリケーション開発のご相談を承っております。
まずはお気軽にご連絡ください。

関連する記事

L1正則化(ラッソ回帰)とは?不要な情報を見つけ出すAIの賢い選択術をわかりやすく解説

L1正則化(ラッソ回帰)は、多くの情報の中から本当に重要なものだけを選び出し、予測モデルをシンプルにする統計学の手法です。この記事では、L1正則化の基本的な考え方やメリット・デメリットを、数式を使わずに初心者にも分かりやすく解説します。

KAN(Kolmogorov-Arnold Networks)とは?わかりやすく解説

AIの新しいアーキテクチャ「KAN(Kolmogorov-Arnold Networks)」とは何か?従来のニューラルネットワーク(MLP)との違いや、その革新的な仕組み、そしてなぜ注目されているのかを、専門用語を極力使わずに丁寧に解説します。AIの未来を担う可能性を秘めたKANの基本を、この入門記事で学びましょう。

k近傍法(k-NN)とは?わかりやすく解説

k近傍法(k-NN)の基本的な考え方や仕組み、メリット・デメリットを初心者にも理解できるように、専門用語を避けて丁寧に解説します。機械学習の第一歩として最適なアルゴリズムです。

ガウス混合モデル(GMM)とは?わかりやすく解説

ガウス混合モデル(GMM)の基本を初心者にも理解できるように、専門用語を避け、図解や具体例を交えながら丁寧に解説します。データ分析や機械学習におけるクラスタリング手法の一つであるGMMの仕組みとメリットを学びましょう。

DQN (Deep Q-Network)とは?わかりやすく解説

「DQNって何?難しそう…」と感じているあなたへ。この記事では、DQNの基本的な考え方や仕組みを、専門用語をできるだけ使わずに、やさしく解説します。AIの学習方法の一つであるDQNについて、その魅力に触れてみましょう。